学長室

201705.16
学長室

特別対談 グローバル化社会に貢献する国際大学としての役割

国際基督教大学 日比谷 潤子 学長 × 関西国際大学 濱名 篤 学長

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学生時代の同時期に上智大学で学び、現在、ともに最高学府の学長を務める二人。今求められている真のグローバル人材を育てるために大学という場はどうあるべきなのか。その場を率いる両者の思考がざっくばらんに行き交う。ここに書けない話もとびだす。じつはお二人、飲み仲間でもある。

真の国際大学を目指して

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日比谷/関西国際大学も、もうすぐ20周年を迎えるのだそうですね

濱名/ええ、正確には2018年が20周年ですが。いまはいろいろと記念行事の計画を立てているところなんですよ。

日比谷/大学を創設し軌道に乗せるというのは簡単な仕事ではありません。その間、濱名さんは、ルーブリックなど既存の大学にはない先駆的な試みをしてこられましたね。日本の大学として学習支援センターをつくったのも、かなり早かったそうですね。

濱名/ありがとうございます。私の場合、もともと母方の祖母が幼稚園や専門学校を経営している教育者だったんです。最初は、短大を創設しようという父親に声をかけられ申請書作成などに奔走しました。まだ上智大学の大学院に籍を置いていたときのことです。そして、関西国際大学の準備室を開設したのが1994年。カリキュラムも私が作って申請書も書いて。そのときに、ICU(国際基督教大学)の先駆性はずいぶん参考にさせていただきました。サーピスラーニングを導入したときも、すでにICUは非常に洗練された形で多角的に取り組んでいました。

日比谷/たしかに、ICUはあらゆる意味でとても先駆的です。戦前からの大学ではないということも大きいでしょう。大戦への深い反省から1953年に開学して以来、徹底したバイリンガリズムを貫いています。それに、入学試験の在り方も独特だから、他大学ではあまり見られないような、個性的な人も入ってきます。とても優秀なんだけどいまの受験システムにはなじめない人たちですね。

濱名/それって、とても重要な要素ですよね。いま、グロ ーバルが盛んに言われているけれど、グローバル人材とは単に英語が話せればいいのではない。日本の常識が世界の常識だという錯覚から自由になれるのが真のグローバル人材だと私は思っています。自分と似たような人ばかりの狭い世界から解き放たれ気づきを得るためにも、いろいろな人たちと交わっていくことはとても大事でしょう。

「つながり」を意識する

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濱名/気づきのための刺激・経験をどう学生たちに与えるかについて、私は「つながり」を強く意識しているんです。縦と横のつながり、縦と縦のつながり、横と横のつながり......一人ひとりの経験を共有しあうことで、気づきが生まれるのではないかと。その点、ICUは教育の仕組み自体が最初の段階からつながっている。それがすごい。


日比谷/もともと ICUは、教養学部という一学部のみで発足し、今もそのままです。学科もとても少なかった。そののちいろいろ増えてきましたが、私が教学改革本部長になってそれらを「破壊」しました(笑)。基本的には、入学時には学科選択なんていらないというのが私の考えなんです。そうすることで、かえって専攻をじっくり決められる。

濱名/日本の大学教育って、充分に練れていない入り口の段階で学科を決めて入るところがある。しかも「中退させると良くない大学」みたいな。それが問題。品賀管理を放棄しているわけですよ。

日比谷/ICUでは、1、2年次はもちろん、3、4年次になり専門分野を中心に学ぶ期間でも、自分が選択した分野でない科目もとらないと卒業できない仕組みになっています。すると、違う分野を専攻している人と一緒の教室で学ぶことになります。グループ学習のときも、できるだけ、異質な人を組ませるようにしていま す。それが「分野間の関係に目を開く」ことになっているかと思うのです。

刺激を与えてくれるリソース

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濱名/関西国際大学を4年で卒業した車椅子の学生がいました。しかも、彼は全盲なんです。先日、学園祭に来てくれて話をしたら、あちこちの養護学校から呼ばれて自分の体験談などを伝える活動をしていると。学生時代は母親の送り迎えを受けていましたが、いまは一人で生活するための訓練を受けているのだそうです。こうした人材が、周囲にも大いに刺激を与 えてくれます。

日比谷/ICUにも全盲の学生がいました。とにかく優秀。視覚的資料を使えないというハンデがありながら、英語については飛び抜けていました。その学生が交換留学生としてタイに行ったら、すぐにタイ語もぺらぺらになってしまった。いまは、本に触れる機会の少ないタイ農村部で移動図書館を含む二つの図書館の運営し、また子ども達が就労する前に、基本的な読み書き計算を身につけることを目的とした三つの幼児教育センターを運営しています。人から助けてもらうことが多かったけれど、誰かを助ける側にも回りたいというのです。(動画インタビュー)

濱名/それは、素晴らしい。すごいバイタリティだし、まさに多様性を生き抜くグローバル人材 ですね。

日比谷/社会人入試でも面白い人が来ます。 定年退職した都立高の家庭科の先生が、「英語の勉強を基礎からしっかりやりたい」とやってきました。白髪だったから、入学式で「保護者の方はあちらです」と言われたくらいなんだけれど(笑)、必修の保健体育ではキャンパスの中を走り、水泳もやりました。20人くらいの少人数で行う英語の授業では苦労して、18歳のクラスメイトに一緒に勉強してもらうなど、いろいろ助けてもらった。おかげでサバイブできたからと、その人は20人近いクラスメイトを自宅に呼んで手料理をふるまったそうです。なにしろ家庭科の先生だったのでプロ級の腕前。みんな大喜びです。お互いにいい刺激になっていることは間違いないでしょう。

アジアへ目を開け

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濱名/海外に出るのはもちろんいい経験ですが、そこで失敗することが重要だと私は思っています。もちろん、学生を預かる身としては危機管理には慎重にならざるを得ないけれど、ただ安全な場でぬくぬくしていたのでは意味がありません。プチ失敗をして、しかもそれを周囲と共有する。それによって周囲も剌激も受け取ると。いわゆるハイ・インバクト・プラクティスに近い形ですね。それを実現する場として、私は東南アジアに興味を持っています。もともと、関西国際大学の初代学長がアジアに精通した経済学者だったこともあって、開設当時から「これからはアジアの時代だ」という思いがありました。中国や韓国、台湾などは想像がつくけれど、たとえば「ミャンマーでどこにあるの?」という学生はいる。そういうところに行ってプチ失敗をしてほしい。

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日比谷/まさに、ICUでもアジアを重視していま す。これまでICUはアメリカとの関係が強く、いまもそれは変わりませんが、私が学長になってから「もっとアジアからの留学生をとろうよ」と動いています。ベトナム、ネパール、シンガポール、香港など、ここ数年アジアからの応募が増えてきたところなんです。ネパールからの学生は、最初は奈良の日本語学校にいたんですって。そこ でICUの資料を見つけ応募してきたんです。そういう、多様なケースがあることが大切ね。

上智大学での学びが基本に 

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濱名/教育に対する私の基本的な姿勢は、自身の大学時代にその原点があるのです。高校は男子校で、どちらかと言えば似たようなやつばかり。それが、上智大学に入って、しかも寮生活だったから、いきなり多様性の中に放り込まれ世界がぐっと広がりました。外国人の神父が大勢いて、みんな親身に接してくれる。教師と学生、学生同士の「つながり」が教育に非常に重要だということを身に染みて感じ取れていたんですね。いま、関西国際大学で積極的に取り入れているグローバルスタディも、大学時代にマシーさんという神父にフィリピンのミンダナオ島に連れて行かれたこと、戒厳令が敷かれているようなところで活動した経験が大きなベースになっていますね。

日比谷/私は濱名さんより1歳下だから、少なくとも3年間は同じキャンパスにいたはずですが、当時は面識はありませんでしたね。ただ、濱名さんは有名人だから名前は知っていました。寮長でありながら寮で火事を出したのよね。それから、当時上智大生だったアグネス・チャンの護衛をしていたんでしょう。まあ、住む世界が全然違ったのね(笑)。

濱名/やめてよ。火事を出したのは私ではありません。たまたま、寮長だったから責任が生じただけです。でも、たしかに、私のいた社会学科よりも日比谷さんのフランス語学科は大変そうでした。

日比谷/最初は50人くらいいたのに、すぐに2人来なくなった。留年者もどんどん出て、一緒に卒業できたのは半分くらいだったと思います。「直接法」といって、フランス語でフランス語を教えるというわけがわからないことをするので、それに耐えられない頭のいい人ほど落ちていったのね。私はがむしゃらについていった感じです。それから、1年のときは20~30人単位でずっと一緒にいろいろなフランス語の授業を

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受けるから、いつも同じ顔触れ。それを指導教授がばっちり面倒を見るという点は、濱名さんの社会学科でやっていた一年生ゼミに共通するところがありますね。

濱名/そう。あのときの一年生ゼミは関西国際大学の初年次教育の原点です。それからオリエンテーション・キャンプの影響も大きいです。当時のヨゼフ・ピタウ学長が学生の部屋をわざわざ訪ねてくれた。教師陣と学生との距離が近かった。いずれにしろ私たちは、アクティブ・ラーニング色の強い教育を受けてきたよね。とくに私は寮だったから、ラーニング・ コミュニティが自分の能力を結果的にどう高めたか実感している。

これからの学生たちへ

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日比谷/いまは多様性の時代であることは間違いなくて、アメリカの大学とかは世界中から優秀な学生を引っ張ってきています。アグレッシブに奨学金をつけて。だから、ものすごく優秀な人は丸抱えで世界中どこでも行ける。でも、それってみんなができることではありません。日本の大学でも、なるべくそれに近い多様性を経験できるような場を創出することが大事だと私は思っています。

濱名/うちもグローバルスタディで海外に行かせているけれど、海外に行くことだけが多様性じゃない。インクルーシブ教育とか、社会人も一緒に学ぶといったことがはるかに大事。さらには、構成の多様性だけじゃなくて、教育の中に多様性に対する気づきをどう埋め込むかが重要なのかなと。

日比谷/言われたとおりにできる人を育てていても対応できない世の中ですからね。言われてないことにいかに気づくか。これから大学に進む人たちに私がぜひ伝えておきたいのは、みなさんはとても恵まれた状況にあるということです。日本も格差が広がっていることはたしかです。でも、大学に行こうとしている日本の若者は、世界の水準から見ると信じられないほど恵まれているのです。そこを強く認識して大学に来てほしい。そういうふうに思っていればふらふらせず、しっかり勉強に打ち込めるし、自分から問題を見つけて解決策を探るという生き方ができるはずです。

濱名/私は関西の規模の小さい男子校から上智大学に入り、わくわくどきどき楽しかった。失敗も含め自分の世界が広がりました。そして「自分になにができるのか」と考えるようになりました。学びとは教室で講義を受けることだけではない。大学とは、さまざまな学びの経験を与えてくれるものすごく貴重な場です。自分の世界を広げるきっかけとして、大学をとらえなおしてほしいですね。

KEYWORDS

ルーブリック 学習到達度を可視化するために、表形式で評価基遵を 示したもの。学生が目標に対してどこまで到達したかを具体的に判断することができる。

学習支援センター(現在は学修支援センター) 学生たちがより確実に、より快適に学び、充実した生活を送れるようにサポートする場。教育期間によってさまざまな工夫や試みがなされている。

サービスラーニング 学生たちが教室で得た知識を、社会貢献活動によって地域社会で実践。そのなかから課題を発見し、大学で学んだ専門知識やグループワークを通して、問題解決をめざすことにより、主体的に考える力や学修意欲を高める教育プログラム。

ハイ・インパクト・プラクティス 能動的な学習や教室外の活動などを通し、学生に強いインパクトを与えることを目的とした教育プログラム。

グローバルスタディ 海外での活動を通し、世界の人々の多様な価値観や文化を理解し、自ら行動できる人材を育成するためのプログラム。

一年生ゼミ 入学初年度から少人数のゼミ形式で行われる講義。「ゼミでの学習形態」を学ぶことが出来ると同時に、大学生活に早くなじむためのホームルーム的色合いも持っている。

オリエンテーション・キャンプ 大学の新入生が早く学生生活になじめるように、上級生や教師陣などとともに寝食をともにするキャンプ活動。


アクティブ・ラーニング グルーブディスカッションや校外ワークなどを通して学生が能動的に学ぶ手法。「一方通行で講義を聞く」という受け身の大学教育の質的転換を図るために取り入れられた。


ラーニング・コミュニティ 専攻などをまたぐ学習共同体。協働を通しての学習効果が期待される。寮生活を送ることは「リビング・ラーニング・コミュニティ」に身を置くこととなる。


インクルーシブ教育 多様性を尊重した共生社会の構築などを目的とし、障がいのあるものと障がいのないものが可能な限り共に学ぶこと。

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Profile 日比谷 潤子(ひびや・じゅんこ)

国際基督教大学(ICU)学長。1957年、東京都生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒業。 同大学院言語学専攻博士前期課程修了。ペンシルヴェニア大学大学院博士課程 修了。慶應義塾大学国際センター助教授、国際基督教大学教養学部語学科教授などを経て、2012年より現職。また、日本学術会議運携会員、中央教育審議会委員なども兼務する。

Profile 濱名 篤(はまな・あつし)

関西国際大学(KUIS)学長。1956年、兵庫県生まれ。上智大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程単位取得満期退学。関西女学院短期大学教授、関西国際大学経営学部教授などを経て、現在はグローバル教育推進機構教授。2005年より現職、2006年より、学校法人濱名学院理事長も兼務。また、国立教育制作研究所評議員、文部科学省中央教育審議会臨時委員なども兼務する。

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