心理学科コラム

202209.28
心理学科コラム

【心理学部】安倍元総理殺害事件について -狙いは元総理ではなく、迂回復讐説-

安倍元総理の銃撃事件から既に3か月近く経過し、927日には国葬がしめやかに行われた。容疑者は7月末から鑑定留置となり、取り調べは現在、中断している。精神鑑定の結果に基づいて、起訴するかどうかを検察庁が決めるので、公判請求がなされるにしても来年のことになるであろう。従って、事件の真相が明らかになるまでは、まだかなりの時間がかかりそうである。

そこで、現時点におけるこの事件の原因動機についてSNSへの書き込みや、犯行の直前に投函された手紙から、犯行動機として考えられることを整理しておく。

まず、容疑者が殺害した安倍氏に対して、何らかの恨みを抱いていたのか、否か。

  • 「安倍は本来の敵ではないのです」「あくまでも現実世界で最も影響力のある(特定団体名)のシンパの一人に過ぎません」(犯行直前に知人に送った手紙)
  • 「安倍政権に言いたいこともあろうが、(団体名)と同視するのはさすがに非礼である」(201910SNS

以上の書き込みから、安倍氏を直接恨むような動機は読み取れず、一種の敬愛の念を抱いていたのではないかとすら感じさせる。

では、事件以降しばしば問題視されている特定の団体についてはどうか。

  • 「オレが14歳の時、家族は破綻を迎えた。(団体名)の本分は、家族からアガリを全て上納させることだ」(2020126日)
  • 「(団体名)は全世界の敵であり、当然、日本の不倶戴天の敵である」(20191014日)
  • 「我、一命を賭して全ての(団体名)に関わる者の解放者とならん」(知人にあてた手紙)

この団体は、1990年頃「亡くなったご主人が霊界で苦しんでいる」「子どもの病気は先祖の因縁のせいだ」などと、ありもしない話で信者に恐怖を植え、それらを取り払うためと称して高額な数珠・印鑑・多宝塔を際限なく売りつけた。その手段は「霊感商法」と呼ばれ、当時は社会の耳目を集めたものである。容疑者の母親が行った団体への寄付は、亡くなった父の遺産や保険金などを処分して1億円を超えている一方で、3人の子どもは、その日に食べるものがないほどの極限状態を強いられ、やがて母親は自己破産、家庭も崩壊したと伝えられている。従って、安倍氏殺害事件の背景には、この団体への容疑者の強い「恨み」が根幹にあったことに間違いがない。

それではなぜ、容疑者はこの団体への攻撃に踏み切らなかったのか。

2代目の女性教祖が韓国から来日した際に、容疑者自身が火炎瓶を使って攻撃しようとしたものの、警備があまりにも厳重で手出しができなかったと言われている。また、初代教祖には14人もの子供がおり、いくつもの関連団体があって、代表者はいつでも、そして無限に代替わりできる上、たとえこの団体が取り潰されてもオウム真理教と同じように、名前を変えて生きながらえることは明らかである。従って、この団体を根絶やしに壊滅させることは不可能と考えていたことが容疑者の書き込みから伺われる。

さて、いくらこの団体が悪質であったにせよ、信頼できないなら脱会すればいいはずである。実際のところ、母親の実父は刃物まで持ち出して宗教活動をやめるように迫ったが、それを聞き入れなかったのが当事者である。

となると、今回の事件のポイントは容疑者の母親である。

家庭崩壊を招いた根本的な原因は、宗教活動へのめりこんだ母親にある。この点に関して次のような書き込みが残されている。

  • 「兄は生後間もなく頭を開く手術を受けた。10歳ごろには手術で片目を失明した。常に母の心は兄にあった。オレは努力した。母の為に」
  • 「母を信じたかった」「オレが母の噓(およそ5000万か)に気付くのはそれから10年後、登記簿を眺めた時だ」
  • 「何故に母は兄のため、オレを生贄にしようとするか」

以上の書き込みから、自分の人生が破綻した原因を、容疑者はすべて自分の母親に帰していたのではないかと考えられる。となると、最も恨んでいたのは母親となる。

そこで、注目されるのが次のくだりである。

  • 「親に騙され、学歴と全財産を失い、恋人に捨てられ、彷徨い続け幾星霜、それでも親を殺せば喜ぶ奴らがいるから殺せない、それがオレですよ」

容疑者は自衛隊に在籍していた時代に、自ら命を絶ってその保険金により、貧困のどん底にあえぐ兄や妹に救いたいと考えたほどの家族愛の持ち主であった。そして、いくら母親を恨んでいても、母親自身への直接的な攻撃は、彼には不可能ではなかったのか。

以上のような経緯から今回の件は、母親が最も落胆するような、精神的攻撃を狙って特定団体の広告塔のような活動を一部していた元総理を殺害したのではないかと考えられる。その結果、容疑者は母親に対してどれほど多額な寄付をしようと、先祖の因縁を拭い去るどころかできないことを思い知らせ、逆に彼女が最も信頼していた特定団体を窮地に追い込むことで蓄積した鬱憤を晴らすための犯行ではなかったかと推定される。即ち、真の犯行動機は母親に対する復讐であり、しかし、母親には銃を向けることができないので、元総理を殺害したのではないかという、迂回復讐説である。

【教授  中山 誠】

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