10回にわたり実際の「取調べ現場」や「被疑者(犯人)」、「被害者」、目撃者」等の取調べを心理学的な観点から述べてきました。
これからは取調官として実際の事件捜査で取調べを行ってきた経験からお話しできることを紹介します。
退職した警察官は、既に公務員ではありませんが当然ながら「守秘義務」が課せられています。
そのことを踏まえて、紹介して行きますのでやや不透明な部分があるかも知れませんがお許しください。
一般的に人間は自分にとって都合のいいことはよく喋ります。
しかしながら自分や自らが属している組織、身内に都合の悪いことになると一転して歯切れが悪くなります。
ひどい場合は、文字どおり貝になる人もいます。
不祥事を犯した政治家の取材時の受答えや、記者会見などでよく見る光景です。
説明責任を負う立場の公人であってもその様な状況ですから、事件被疑者になれば尚更のことです。
もちろん被疑者は、日本国憲法第38条に「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」とある様にいわゆる「黙秘権」があり供述を拒否することは認められています。そのため取調べにおいて貝になること自体法律的には問題ありません。
ただ、人間はずっと喋らず黙り続けることにも苦痛を伴います。
取調室で全く言葉を発せず、何時間も黙りとおすというのも至難の業です。
よく新聞報道で「雑談には応じているものの、事件については供述を拒んでいる。」とあるのは、黙り続けることのストレスのみ開放しているということです。
一方、よく喋る被疑者もいます。
その場合は、取調官は相手に供述を促すことはせず、まず聞き役に回ります。
なぜなら、相手のペースで喋らせることに努めるのです。心理学で言う「傾聴」と同じだと言えます。
相槌を打ったり、相手の間を尊重して、一通り被疑者が自ら供述するストーリーを聞き取ります。
もちろん、相手の喋りを遮ったり、喋っている内容について質問したりはしません。
相手が気が済むまで、すべてを聞き取るのです。
しかし、その話は被疑者に都合のいいことばかりで、自らの不利益になる話は省かれています。例えば、傷害事件などにおいて犯行の動機について話していたとしても「あいつが先に手を出してきたから防いだだけだ。」とか、窃盗の共犯者が「ついて行っただけで盗みをするなんて思ってなかった。」などど自分に否がない表現の供述に終始し、言い訳をとうとうと喋っていたりします。
また、供述の中には嘘も混在しています。
取調官は聞き役に徹して、時間的な矛盾や、共犯者がいる場合は他の被疑者の供述と矛盾があるところ、また饒舌に話している被疑者のリズムが変わるところを特に注意して聞き続けるのです。
皆さんもイメージしてみて下さい。
自分が経験していることはスムーズに話すことが出来ると思いますが、その中に隠したいことや嘘を言おうとすると、一瞬であってもそこに考える間が出来てしまうため喋りのリズムが変わってしまうのではないでしょうか。
取調官は取調べに入る前に、事件について今までの捜査の過程で明らかになってる凶器や被害品、防犯カメラ映像等各種客観的証拠や被害者、目撃者、事件によっては共犯者の供述等を頭に入れています。
それらを総合的に判断してあらかじめ事件のストーリーの構成を立てており、捜査側のストーリーと、自主的に喋る被疑者の供述を照合して行きます。
その過程で生まれてくる矛盾点を聞き役に徹しながらピックアップする作業を頭の中で組み立てています。
スポーツで言えば、被疑者自らが語るストーリの聞き役まではディフェンス(守備)ですが、そのストーリーが完結した後、今度は取調官のオフェンス(攻撃)が始まります。
取調べは通常午前、午後それぞれ数時間づつ行われます。
午前中の取調べにおいてデイフェンスが終われば、ハーフタイム(昼食と休憩)を挟んで午後からはオフェンスが始まると言った形です。
今回は、饒舌に喋るタイプの被疑者の取調べについてディフェンスの話をしました。
次回はオフェンスについて説明します。