心理学科ニュース

202306.07
心理学科ニュース

【心理学部】中山誠教授へのインタビューが、産経新聞に掲載されました

6月6日の産経新聞朝刊(17面阪神・神戸欄)『ひょうご発』に「ポリグラフの信頼性に驚き」と題して、中山教授が静岡県警察本部の科学捜査研究所在職時代に担当したポリグラフ鑑定の記事が掲載されました。

科捜研に勤務した27年間に、千件以上のポリグラフ鑑定をこなしたが、そのうち殺人事件は200件ほど。殺人をはじめとして凶行事件だけを専門に担当する捜査一課のベテラン警察官は、刑事の中でも特に職人気質が強くプライドも高かったが、大学院を出て科捜研に所属する研究職の自分もまた、自信を持って仕事をしていた。そして、ほとんどの殺人事件捜査本部で、互いの意見を尊重もしないし迎合もしない、いわば捜査と鑑識は相互に独立で自由にもの申す立場であったが、取調べとポリグラフ鑑定の結果が対立することはほとんどなかった。

今回記事になった事件は、そういう意味では極めて稀なケースである。最初は自分の妻を殺し、電動のこぎりでバラバラに解体した死体を山中に遺棄したのではないかという容疑で任意同行を求めて、事件着手。遺留品のDNA型鑑定が一致という確実な物証があったため、容疑者は渋々殺人を認めた。そこで、さらに職場の同僚を殺したのではないかという余罪についてポリグラフ鑑定。検査終了とともに間髪を入れずに刑事が取調室に入る。この時は、捜査一課の刑事が2人1組、合計3組6人で入れ替わり立ち替わり容疑者を追及。過去の判例から、一人を殺しただけではなかなか死刑にならないが、二人殺しとなると死刑になる確率は50%程度まで跳ね上がる。そのため、真犯人でもそう簡単には二人殺しを認めないのが通例である。

この時も「二人目は絶対にやってない」という、容疑者の頑強な否認が数時間続いたところで、捜査本部会議。ポリグラフの鑑定人は測定した波形を具体的に示しながら、自信を持って「反応あり」と報告。ところが、ここで予想もしなかったことが起きる。の1組だけが容疑者をクロではないかと主張した一方、残り2組の班長(警部補)はいずれもシロと断定。要するに、2組はポリグラフ鑑定の結果を真っ向から否定する報告したことで、100人体制の捜査本部全体を戸惑わせ、緊張が一気に最高点まで高まった。つまり、捜査と鑑識合わせて4人の報告で、真犯人か無実の容疑者かをめぐって2:2のスプリットディシジョン。そして数日間、容疑者は自供せず、何一つ物証がない上に、弁護士が違法な余罪追及と猛烈な抗議をしてきたため、やむを得ずそれ以降の取調べは打ち切り。この時「これ以上は無理をするな」と上層部が指示し、ひとつ目の殺人容疑のみで容疑者を起訴、殺人事件捜査本部は解散した。

ところがその後、年度が変わって人事異動の時期を迎えると、所轄署の署長・捜査一課長などが一新される。総入れ替えになった時点で、ポリグラフ鑑定の結果を信じて疑わない新しい幹部連中が強烈に主張するのは「あれだけポリグラフに反応している以上、絶対どこかに物証があるはずだからそれを必ず見つけ出せ」そして、再度のポリグラフ鑑定の実施要請。質問内容を多少組み替えたが、結果はもちろん前回と同じ。さらに機動鑑識班は、当時容疑者が使用し、再捜査時点では廃車になっていたはずの車をなんとか探し当てて、運転席・助手席・後部席のシート、背もたれ、車の床、天井、ダッシュボード、コンソールボックス、トランクルームまで片っ端から切り裂いて内部まで再検証。その結果、助手席の最深部から血痕の塊を発見。DNA型鑑定では被害者の血液と合致。容疑者は再度の取調べ開始から、三日目に観念して二人目の殺人を自供。さらに、公判廷でも被告は容疑を認めたので、死刑確定。

では、この事件ではなぜこれほど取調べとポリグラフ鑑定が対立する結果になったのであろうか。取調べ中に刑事が見ているのは被疑者の顔色(顔面の毛細血管)の変化だけ。自分の妻ばかりではなく、職場の同僚まで些細な理由で殺してしまうほど、パーソナリティに異常のある犯罪者となると、何を聞かれても顔色が変化しにくいであろうし、経験豊かな刑事が見ていてもそれをとらえにくい。一方、ポリグラフ鑑定では、各質問に対して生じる心電図・呼吸運動・皮膚コンダクタンスの変化が目に見える波形としてリアルタイムで示される。従って、犯罪性が進んだ容疑者であろうとも、微細な心理的変化を確実かつ科学的に検出可能であるから、事件に関与したかどうかの鑑定精度は刑事の勘よりも飛躍的に上昇する。この事件では、その差が結果として現れたのではないか。

いずれにしても、これほど取調べとポリグラフ鑑定の結果が真っ向から対立したことはなかった。ポリグラフがとらえた容疑者の心理反応だけを手掛かりにして、堅固な物証の発見に結びつけた捜査員の執念の成果。そういう意味で、思い出に残る事件のひとつであった。

ところで、この事件にはもうひとつ、容疑者が無罪の根拠として主張した「鼻血エピソード」という興味深い話があるのだが、それは3年生で受講できる「捜査心理学」の授業の中で伝えよう。

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