心理学科コラム

202502.21
心理学科コラム

【心理学部】『取調べ』⑩

これまで、「ドラマや映画ではない実際の取調べ」、「取調べの録音・録画制度」、「秘密の暴露」、「目撃者等参考人の取調べ」、「被疑者の取調べ」について説明してきました。

 取調べは法律というルールの元、心理学的手法を用いて人間同士で行われる真実の追及のための捜査に他なりません。取調べをする側、される側お互いに目的、疑念、思惑、緊張、不安など様々な感情があります。機械やAI相手であれば、単刀直入に直接的な質問をすれば済みますが、人間相手にそうは行きません。

 テレビドラマの様に容疑者やその周辺の人たちにいきなり「何日の何時ごろどこにいましたか?何をしていましたか?」と質問して、すらすら答える人はまずいません。

 次に来るセリフのごとく「私が疑われているのですか?」ということになり、テレビの刑事は「参考です。皆さんに伺っています。」と定番のセリフを語ることになるのです。

 新聞報道やニュース報道がなされていない事件では、その事件自体の発生日時や場所は捜査側の者しか知らなかったり、犯人しか知りえない「秘密の暴露」にあたる事実である場合もあり得るのです。

 その為には、まず相手方との信頼関係を構築(ラポールの形成)したうえで、直接的な事実を質問するのではなく、本来確認したい事実(ドラマで言うアリバイ)の前後を含めた幅のある行動関係を、時間を掛けて聞いていく必要があります。

また、人間は物語を語る時「自分が直接経験、体験したこと」「間接的に人から聞いたこと」「文字や画像・映像で知ったこと」「想像したり、考えたりしたこと」を織り交ぜて一つのストーリとして語りがちです。しかし事実を解明していく為には、直接体験と間接体験、知識や想像を明確に区別する必要があります。これらの事柄が混ざっているにもかかわらず、一つのストーリとして伝わった場合は、これは事実とは言えません。

さらに一番重要なことはその語り(供述)自体が真実なのか虚偽なのかを区別・判断する力です。これまでのコラムで「被疑者取調べにおける虚偽自白」について色々な角度から述べてきましたが、取調官一人の力だけでは困難で、取調べはチームで行うものであると説明してきたとおりです。

取調べや聞込みで供述を得る捜査員の思い込みや聞き間違いを排除するため、人から話を聞く捜査は、原則複数で行います。同じ相手から複数の捜査員が話を聞くことでこれらの間違いが起こらないようにするためです。そういった意味ではテレビや映画ではヒーロの様に描かれる単独捜査は、ドラマの中のフィクションの世界と言うことが出来ます。

事件捜査を行う責任者は、取調べにおいて直接体験と間接体験等を区別して作成された供述調書を吟味したうえで、被害者や目撃者の供述、鑑識活動で判明した指紋、足跡等の証拠、防犯カメラ映像等の客観的な証拠、これらをマルチに組み合わせて、縦と横の糸を紡ぎ合わせて真実を導き出して行きます。

もちろん大変な作業であることは間違いないのですが、被害者の為、冤罪を生まないため、地域住民と地域社会を守るために必要不可欠な仕事と言えると思います。

これまで10回にわたり、取調べについて述べてきました。

テレビドラマでは、今も人気番組であるいわゆる「刑事もの」では多く取調べの場面が描かれています。もちろんテレビという虚構の世界で、見る者の興味を引く演出は必要だと思います。しかしながら真実の追及という面では、元警察官として実務を経験してきた筆者にとっては、これだけは皆さんに知って頂きたいなと思うことを、心理学的要素を交えながら紹介してきました。

日常生活ではほとんどの人が経験することのない捜査の世界は、あらゆる面で人の好奇心をくすぐるものです。今後も実務家教員として犯罪心理、捜査心理に関わる「本当の話」を紹介して行きたいと思います。

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【教授 髙橋 浩樹】

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