心理学科コラム

202309.07
心理学科コラム

【心理学部】『取調べ』⑤

「取調べ」においては心理学的要素が多分に必要であることは今までのコラムでも書いているとおりです。

警察では、真実の供述を得るための効果的な質問や冤罪を防ぐため虚偽供述が生まれるメカニズムとこれを防止するために心理学的な手法を取り入れています。そのために心理学的知見を取りまとめた資料『平成24年12月警察庁刑事局刑事企画課「取調べ(基礎編)」』を見ることが出来ます。

これからは、この資料を基に私見を加えて解説していきたいと思います。

同資料3頁「第2 記憶の正確性、完全性に影響を及ぼす要因」の「1 記銘段階 (1) 体験・目撃の状況」に「出来事を体験・目撃する時間が長く、その頻度が高いほどその記憶は正確になる。逆に、体験・目撃する時間が短く、その頻度が低い場合は、その記憶が不正確になっている可能性に留意すべきである」とあります。「また、出来事の刺激の強さも記憶に影響する。その人にとって、刺激がより強いものであればあるほど、記憶として保持される可能性は高くなる。その他、非日常的なもの、動きのあるもの、他のものより目立っているものなど、知覚されやすいものは記憶に残りやすい。ただし、記憶に強く残りやすいものであっても、そのことを正確に想起・報告できるとは限らない」とあります。

皆さん通学路にある看板をイメージしてみて下さい。

毎日の様に歩いて通る道に設置してある看板の色や形、その言葉、内容について思い浮かべて下さい。画像(写真)の様に頭に浮かんできませんか?その看板に特に興味がなく、意識していなかったとしても、その内容をほぼいえるのではないでしょうか?逆に初めて訪れた場所に設置してある看板については、その存在すら記憶にないことが多いのではないでしょうか。

ところが初めて訪れた場所であったとしても、自分が興味を持っている事柄であった場合は、その内容を憶えているといったことがありませんか?(今であればそのような看板に出会った場合スマホで撮影している人も多いと思いますが、ここでは一先ず記憶ということで考えて下さい)

通学路の看板は、上述の「時間、頻度が高い」場合の例です。自分が興味を持っている事柄の看板は「刺激の強さ」の例です。

「毎日通る道であってもたまたま犯罪を目撃した」と言う様な体験はそうそうあるものではありません。一瞬で、短時間一回きりの目撃であっても、まさに「非日常的なもの、動きのあるもの、他のものより目立っているもの」であり、「刺激がより強いものであればあるほど、記憶として保持される可能性は高くなる」ということです。

捜査官は、聞込み捜査を経て判明した目撃者から話を聞きます。(犯人のみならず、目撃者に対する聴取も取調べになります。)防犯カメラ映像がない場合は、目撃者の記憶を呼び起こし、供述調書を作成します。刺激が強い体験であるものの資料にあるとおり「ただし、記憶に強く残りやすいものであっても、そのことを正確に想起・報告できるとは限らない」ことを念頭に話を聞いていくのです。

目撃者にとっては、刺激が強い体験であればあるほど、その行為の印象が強く、その行為を断片的に、思い出した順番で供述します。その為、時間的経過の順序が不確定な供述になりがちです。だからと言って、目撃者が断片的であれ自ら話しているのを止めたり、一言づつ質問をしたりすることはしません。一通り話を聞き、ぞれぞれの行為を書き出し、目撃者が落ち着いたころ、それぞれの言葉を基に、今度は時間の経過通りに話をリピートしていきます。目撃場所に至るまでの経緯行動、目撃、目撃後の行動をもう一度想起させながら、最初に聞き取った行為や言葉を、時間の経過を追って繋ぎ合わせて行くのです。パズルのピースをはめ込んでいくのに似ていますが、一連の行為のスタート地点からゴール地点まで、ゆっくりとなぞっていくと人の記憶というのは一本の糸になっていくものです。

この様にして参考人供述調書(目撃者)が作成されます。

関連記事:

【心理学部】『取り調べ』①

【心理学部】『取り調べ』②

【心理学部】『取り調べ』③

【心理学部】『取り調べ』④

【教授 髙橋 浩樹】

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