心理学科コラム

202310.18
心理学科コラム

【心理学部】『取調べ』⑥

前回は目撃者の取調べにおいて、まず一通り話を聞き、ぞれぞれの行為を書き出し、その後、話をリピートしていくと書きました。

「目撃場所に至るまでの経緯行動、目撃、目撃後の行動をもう一度想起させながら、最初に聞き取った行為や言葉を、時間の経過を追って繋ぎ合わせて行く」という手順を紹介しました。

警察庁作成の資料『平成24年12月警察庁刑事局刑事企画課「取調べ(基礎編)」』の5頁「第3 想起段階における工夫」の「1 想起への集中を高める手法」の「(2) 適度な「間」の確保と相手方のペースによる想起」には「取調官が計画又は期待している話題の順序と異なる流れで相手方が供述している場合であっても、安易に供述を遮ることはせず、相手方が一旦話し終わるまで待った上で、新たに質問することが望ましい」とあります。

その理由として「取調官が話を遮って別の質問をするなどした場合、相手方の記憶の想起を中断させることとなるほか「また、思い出しているうちに何か聞いてくるのではないか」などと相手方に予期させ、想起への集中を妨げ、結果として多くの情報を得ることが困難になる」というデメリットが挙げられています。

つまり、目撃者のペースに合わせて、自由に思いつくことを話してもらうことが大切なのです。

心理学の分野で良く言われる「傾聴」に通じるものです。

次に6頁「2 記憶を喚起させるための手法」の「(1) 状況の心的再現」には「情報が記銘されたときと同じ場所を訪れたり、同じ状況を再現したりすると、その情報を再生しやすくなる場合がある。また、天候、曜日、行事等の客観的な情報を活用し、特定の出来事と関連させながら質問することも、記憶の喚起に有効であると考えられる。」とあります。

これは誰でもよくある体験ではないかと思います。

遠足や修学旅行で訪れたことがある場所に、何年か後再び個人で訪れた場合をイメージして下さい。

個人で訪れているのに、団体で訪れたときの様子や同級生の顔、その時話した会話の内容、写真を撮った場所、そのポーズ等が思い出される経験はありませんか?

「同じ状況の再現」も同じことが言えます。

同じような姿勢を取ったり、捜査官が演じる犯行状況を見ることにより、犯人がどちらの手に凶器を持っていたのか、どの様に凶器を振り上げたのか等の状況を目撃者が思い出し、捜査官に説明してくれることは多々ありました。

これは、被疑者や被害者にも同じことが言えます。

「天候、曜日、行事」が例示されていますが、目撃者はその日の天候をよく覚えているものです。

犯罪状況の目撃は、非日常の体験です。

つまり「一生で初めて」という体験という人がほとんどです。昼間帯であれば明確に天候を憶えているものです。

目撃情報に係る犯行日時が他の情報から明白な場合は問題ありませんが、いまだ被疑者も被害者も不明で目撃者のみの情報で犯行日時を特定することが必要になる場合もあります。その時には「曜日、行事等」の情報は記憶を喚起するには有用なファクターです。

犯罪の目撃という異質な体験をした当日の行動を朝から思い出し、その日の行動をたどることで、何曜日だったかを紐解きます。

普段のルーティーンで、例えば通勤や通学をしたか否か、休みだったか、である程度曜日が特定できます。

目撃行為の前後で見たテレビの番組、特にドラマであれば容易に曜日を特定することが出来ます。さらにそのドラマの内容により放映日が特定されれば犯行日が特定可能ということです。

前述の資料7頁「(3) 逆向再生」に「出来事を時系列に沿って思い出したり、あるいは、時系列とは逆の順序で思い出すように求める。また、最も印象に残っているところから語るように求めるなどにより、時系列では思い出せなかったり、言い落としたりした情報を聴取することができる場合がある」とあります。

目撃状況や他の情報から犯罪捜査を進めていくという行為は、取調べをしている時点から過去の時点にさかのぼって行くという行為に他なりません。

歴史を録画した映像があるとすれば、まさに逆再生をすることにより真実に辿り着くことが出来るのです。

人間の記憶の映像を逆向きに再生して真実に辿り着く、その過程を最終段階で時系列に沿って繋ぎ合わすことが出来れば目撃者の供述調書が完成するということになります。

夢の話ですが、SF世界の様に被疑者を取り調べる時に「人間の中の記憶映像」を逆再生できることが出来れば、冤罪はこの世からなくなるでしょう。

関連記事:

【心理学部】『取り調べ』①

【心理学部】『取り調べ』②

【心理学部】『取り調べ』③

【心理学部】『取り調べ』④

【心理学部】『取り調べ』⑤

【教授 髙橋 浩樹】

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