心理学科コラム

202009.01
心理学科コラム

【心理学部】『犯行動機の解明が、容疑者の逮捕につながるか?』

あちらこちらの大学で犯罪心理学を教えていると、「ひとは、なぜ、犯罪に手を染めるようになるのか知りたい」ということを履修目的に挙げる学生が多いことに気づかされる。また、殺人事件の第一報が入ると、テレビのワイドショーでは、"訳知り顔"のコメンテーターが「犯人の逮捕には動機の解明が焦点ですね」というのをよく耳にする。しかしながら、一般市民が、強盗や殺人といった凶悪犯罪に「手を染める」ことは、まず、ありえない。

わが国で1年間に発生する一般刑法犯の認知件数は約75万件だが(2019年)、そのうち殺人事件は0.1%である(警察白書)。
強盗や強制性交などの凶悪犯罪をひっくるめても、凶行犯の割合は全刑法犯の1%にも満たない。そもそも、「そういう理由なら、被害者を殺しても仕方がない」というほどの、つまり、誰もが納得のいくような「殺人の動機」などあるだろうか。
人殺しもやむを得ないと思われるほどの動機は、平和な日本には、ほとんど皆無であろう。

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犯罪者の語る犯行動機は、きわめて身勝手で短絡的発想にもとづいている。
私自身は30年近くも犯罪捜査にかかわってきたが、それくらいのことで、人を殺すかと思うことがしばしばあった。
殺したいと思うほど、恨んでいても、99%の人は殺人事件の実行には至らない。なぜなら、現代社会の、とりわけ治安のいいわが国では、罪を犯してはならないという規範意識がそれだけ高いし、犯罪者となって逮捕されることのリスクの大きさや、失うものの多さを熟知しているからである。

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一方、犯罪者に共通するパーソナリティは自己統制の低さである。ふつうの人なら、何か欲しいものがあっても、働いてお金を貯め、少し我慢した後にようやく手に入れる。ところが、多くの強盗殺人犯が語る動機は「今すぐに使える金が欲しかった」である。
また、動機を明らかにすることは、公判廷での有罪の決め手にもならない。たとえば、1998年に発生した和歌山毒入りカレー事件では、被告の動機が「未解明」のまま、最高裁で死刑判決が確定している。

現代の犯罪捜査では、事件を客観的に分析し、物証をいかに多く集めることができるかが犯人逮捕の決め手になる。現場鑑識活動によってDNA型鑑定につながるものを発見できれば、地球上でただひとりの真犯人に、いずれは、そして必ず、到達できる。もはや、ベテラン刑事の経験と勘に基づいた「すじ読み」に依存する時代ではない。

この10年ほどの間に、容疑者の取調べに心理学で得られた知見が多く導入されるようになり、取調べの可視化(2016年5月の刑事訴訟法改正)によって、録画や録音が法律で当たり前に行われるようになった。そのせいで、昔ながらの、机をたたいて怒鳴りながら、容疑者を自供させる刑事はいなくなったし、カツ丼を食べさせたあとの自白では、警察官の方が「便宜供与」の罪に問われてしまう。

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今は、捜査段階で行う犯罪者プロファイリングによって犯人像を浮き彫りにし、生理指標を用いたポリグラフ検査を取調べの開始前に行うのが科学捜査の常とう手段である。犯罪心理学を学ばずして、現代の犯罪捜査に加わることはできない。

関西国際大学の「捜査心理学」の授業では、以上のような内容も含めて、警察官が警察大学校で学ぶような本格的取調べについて、一般の学生に教えている。ワイドショーのコメンテーターが言う、動機の解明など、犯罪者の検挙にも有罪の立証にもつながらない。本学で犯罪心理学を学ぶと、そんな素人っぽい事を言わなくなるのが普通である。

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