心理学科コラム

202201.14
心理学科コラム

拡大自殺と無差別大量殺人

2021年12月にJR大阪駅の北新地近くで発生した心療内科での放火殺人に関連して、拡大自殺という用語がマスコミ報道では日常的に使われていた。拡大自殺とは、精神医学で用いられる用語であるが、無差別大量殺人、自爆テロ、無理心中(恋人、親子、介護関係など)まで広範囲にわたり(片田、2017※1)、定義が十分には確立されているとはいえない。

本来は、他者を同意なく巻き添えにして殺害して、自分も死のうとする行為を拡大自殺と呼ぶはずである。しかしながら、無差別大量殺人の場合、その場で容疑者も自殺することもあれば、自分では死にきれないので、大量に人を殺めることで死刑判決を求めるケースも含まれている。後者は、自殺するにしても、自分ひとりで死ぬのは「あまりにも惨めで、馬鹿馬鹿しい」と考えるタイプである。また、殺害の対象に、普段から恨みを抱いているとは限らず(池田小学校事件)、全く無関係で手当たり次第に殺害することもある(秋葉原事件)。大量に殺すためには、恨みよりも、警戒心のない人が多く集まる場所、殺害が容易な対象を優先して選ぶ(池田小学校事件、川崎のカリタス学院事件、相模原の津久井やまゆり園事件)。そして、被疑者には犯行後の逃走意思が最初からなく、その場で逮捕されるか、自ら出頭する。海外なら警察官に射殺されることもある(この場合には間接自殺と呼ぶ)。

無差別大量殺人の背景には、自己愛性パーソナリティ障害、反社会性パーソナリティ障害があることが多く、長期の欲求不満、経済的困窮の他、家庭問題や人間関係の悩みを抱えている場合もある。従って、孤立感・絶望感に苛まれ、抑うつ状態になっていてもおかしくない。そして、自暴自棄になり、自らを不遇な状況に追い込んだ社会全体を、最後にあっと驚かせ、一泡吹かせてやろうする。そういう意味では、自分自身を最後に際立たせ、輝かせたいという、自己承認欲求も含まれていると推測される。

レヴィンとフォックス※2は無差別大量殺人を起こす6つの要因を挙げている。

1 素因(心の要因)

① 長期間にわたる欲求不満

「理想(イメージ)の自分」と「現実の自分」との間に大きなギャップがある

仕事に対する欲求不満、社会が自分を評価してくれないことへの不満

自己愛性パーソナリティ障害の場合もある

自分は有能で特別な人間という思い込みがあり、自己への過大意識を有する

それにもかかわらず給料が安い、地位が低いと怒り、日常的に欲求不満を抱えている

② 他責的傾向

自分の失敗や挫折を他人のせいにして、責任転嫁する

自分自身に能力がないと思うと傷つくので努力不足も認めない(自己防衛)

強い被害者意識(自分は他者のせいで仕事を辞めさせられた、など)があり、理不尽に扱われていると思い込み、自分に不遇な社会への復讐が動機づけられている

片田珠美(2017)※1は「投影は自分自身の内部にあることを認めたくない資質・衝動・感情・欲望などの内なる"悪"を外部に投げ捨て、他者に転化するメカニズムである」と述べ、「投影が強いほど、自分の失敗や不幸の責任を他者に転嫁する他責的傾向が強くなる」と指摘。

2 促進要因(事件を後押しする出来事)

③ 破滅的な喪失

失業・離婚・経済的に追い込まれることなどで「自分は破滅した」と思うと、それがトリガーとなって、爆発的な怒りの行動につながる

④ 外部のきっかけ

事件の模倣...今回の北新地の事件では京アニの新聞切り抜きが容疑者の室内から発見されている。また、直前に、京王線・小田急線・九州新幹線でといった所謂「密な場所」で火をつける事件がいくつか起きていた。

3 容易に関する要因(事件を起こし易くする要因)

⑤ 社会的・心理的な孤立

家族と離れる、離職して、孤独になる...原因は他責的で自己愛が強いパーソナリティ

⑥ 大量破壊のための武器の入手

今回の北新地の事件ではガソリンを容易に購入できたこと

自爆テロ、無理心中、無差別大量殺人をひとくくりにして拡大自殺というカテゴリに入れてしまうことには同意できない。自爆テロは、ジハード(聖戦)と騙されて自己の宗教的階級を高めることと引き換えに実行することが多く、学歴がある若者も少なくない。無理心中の場合は、一方的な思いから相手を巻き添えにして自殺するケースもあるが、この人(子どもなど)をひとりではこの世に残してはおけないという利他的な思いから実行することもある。そういった点で、無差別大量殺人後の容疑者の自殺とは明らかに異なる。彼らは、多くの人を一度に殺害できる場所を優先的に選択し、対象に恨みがあるかどうかは二の次であることが多い。情性欠如で、利他的な要素はかけらもなく、要求不満・他責的傾向・自己顕示欲があり、社会への恨みと復讐心に満ちている。

今回の大阪の事件で容疑者は結局、意識が戻らないまま亡くなった。現時点では、一部のマスコミによると「トラブルが聞こえてこないので、容疑者はクリニックのことが好きで、精神的つながりの強い他者を道連れに無理心中したのではないか」という声もあるらしい。しかしながら、そのような動機を挙げるようでは、これまでの無差別大量殺人事件の研究結果を熟知した上でのコメントとは思えない。拡大自殺という用語が、きちんと理解されないまま世の中に広がったことが懸念される。

引用文献

※1 片田珠美(2017):拡大自殺 大量殺人・自爆テロ・無理心中 (角川選書) 角川書店

※2 Levin,J. & Fox,J.A.(1985): Muss Murder :America's growing menace. Plenum Press.

心理学部心理学科 教授 中山 誠

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