心理学科コラム

202502.25
心理学科コラム

【心理学部】長野駅前の無差別殺人について、本学 中山誠教授がテレビ局の取材に回答しました。

122日午後8時過ぎ、JR長野駅前でバスを待っていた男女3人が刃物を持った男に次々と刺され、49歳の男性が死亡したほか、男女2人が重軽傷を負った。その4日後には防犯カメラのリレー捜査により、傷害容疑で無職の容疑者(46歳)を逮捕。さらに、217日には死亡した被害者について殺人で再逮捕されたが、現時点まで黙秘している。

この事件に関して、信越放送から、以下のような質問があり、犯罪心理学の中山誠教授がコメントした。

質問1 過去の事件からみる無差別大量殺人に至る経緯について

コメント:無差別殺人事件を起こす容疑者について

要因① 人間関係のトラブル(家族、友人、職場の人間関係が希薄になり孤立)

要因② ①が原因で仕事が長続きせず、職を転々とした挙句、経済的困窮

要因③ 事件を起こす前は自暴自棄で、殺人は日ごろの鬱憤を晴らすことが目的

質問2:なぜ、見知らぬ相手を殺そうとするのか

コメント:無差別殺人は特定の人への恨みを晴らすことではなく、自分の中に積もり積もった鬱憤を晴らすことが目的。即ち、容疑者は無差別殺人により一般市民を恐怖のどん底に貶めたいと考えている。自分にはこんなに凄いことが出来るのだという力を誇示するため、できるだけ多くの人を一度に殺めようとする。一般市民を驚かせ、彼らがもしかしたら、自分もその場に居合わせて被害者になったかも知れないと不安にさせることが容疑者にとって重要。これまでの無差別殺人では、犯行直後に「相手はだれでもよかった」ということが多かったが、それは不条理な動機を掲げて遺族の怒りを故意に募らせ、結果として自らへの注目を集め、承認欲求を満たそうとする考えもある。

質問3:なぜ、駅前を犯行場所として選んだと考えられるのか

コメント:無差別殺人の犯行場所として、最も多いのが路上、その次が、駅構内及びその付近。理由は多数の人が往来し、一度に多数の人を殺めるのに好都合だから。ただ、殺すことが目的なら、狙う相手は駅前には多くいる、体力的に劣る子どもや女性を選ぶと思われるが、今回の長野駅事件の容疑者は、30-40代の3名を対象にしていることが、これまでの事件と異なる。この点に関して、弱い者でなくても自分には殺害できるという、容疑者の妙な強がり、体力的な自信の表れが関係しているかもしれない。

質問4:今回の容疑者はプライドが高いようだが、それは無差別殺人に特徴的なことか

コメント:無差別殺人犯の場合、自分勝手で、プライドが高く、仕事上でうまくいかなかった時も、自らの非を認めないという性格傾向がある。つまり、失敗を自分の実力や努力不足に帰すると、自分自身が傷つくので、彼らはしばしば、他者、たとえば雇用主には自分を正当に評価する目がない、同僚の失敗の責任を自分が負わされたなどと、責任転嫁する他責的傾向が強い(自己愛性パーソナリティ障害)。池田小事件の元被告の場合は、高学歴で高収入を目指す理想の自分と、転職を繰り返し、誰にも相手にされず、孤独で、貧しい生活をする現実の惨めな自分という、ギャップに最後は耐えきれなくなり、自暴自棄になって、鬱積した欲求不満を一気に晴らすため、大量殺人を行った。

質問5:生活に困窮していたようだが、大量殺人の動機の形成につながるか

コメント:犯行前に電気やガスがとめられていたというのは大阪駅前クリニック放火事件と同じ。無差別殺人は、「ものとり」が目的ではないので、殺人は経済的な解決手段にならない。従って、生活困窮が無差別に人を殺す動機に直結しない。しかしながら、その日に食べるものがないほど生活に行き詰って、もうこのままでは明日は生きていけないという極限まで達すると、殺人という最後の一線を越えるトリガーにはなり得る。

質問6:今回の長野駅前事件と、これまでの事件と異なる点はどういうことがあるか

コメント:今回は、犯行後に現場から逃走し、警察に逮捕されるまでに見た目を変え、手袋を焼き捨てるなどして、証拠隠滅を図っている。池田小、秋葉原、京アニ事件はその場で逮捕、カリタス小学校事件、大阪駅前クリニック放火事件はその場で自決したことに比べると、犯行後も逃げ延びようとした点が異質。しかも、逮捕後に黙秘して自ら動機を語らないことも今までと異なる。

 池田小事件の元被告は死刑になりたいから、多くの子どもを殺したといってみたり(拡大自殺)、あるいはその場で自殺した容疑者の場合は、「最後に一花咲かせたい」(大阪駅前クリニック放火事件)というなど、自らの人生の終結点まで見据えて、覚悟の上での無差別殺人を実行している。それらに比べると、長野の事件はそこまで考えないうちに、敢行してしまったのかもしれない。

 今回の事件はその1か月前に北九州で起きた中学生2人が殺された無差別殺人事件のコピーキャットの可能性があり、その際にはビデオカメラのリレー捜査で早期に解決したことから、自らも逮捕されることは十分に予想されたはず。それにもかかわらず、犯行後、現場近くの自宅にとどまり続けて、警察に踏み込まれるまで高跳びしなかったのも、いかにもやることが中途半端で犯行スクリプトが不完全な気がしてならない。容疑者は犯行後にどうするかということまで考えていなかったので、現時点では黙秘ということではないか。

 もうひとつは、事件を起こすことで、現状の生活苦、特に、借金のとりたてを逃れようという考えがあったのかもしれない。経済的な困窮と人間関係の孤立で社会生活に行き詰まり,刑務所に逃避するために無差別殺傷事件に至るケースがある(法務省調査)。しかしながら、刑務所はあくまでも一時退避で、死刑や無期懲役のような重い刑を背負いたくはないのではないか。そのために、少しでも軽い刑となるように、裁判で情状酌量を得るには、警察の取り調べ段階で、何を、どの程度まで、しゃべったらいいかわからないから、とりあえず黙秘しているのではないか。そういう意味では、あまり事件慣れしていない、犯罪性の進んでいない容疑者なのかもしれない。

中山誠 教授のご紹介

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