心理学科コラム

201908.06
心理学科コラム

【心理学部】『何人殺したら、死刑になるのか ―死刑判決の基準―』

我が国では2009年に裁判員制度が発足し、10年が経過しました。

この制度により、一般市民でも裁判員に選ばれるようになり、あなたも死刑という重い刑罰を判決を下さないといけない場面に遭遇するかも知れません。

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そこで、死刑判決の基準について知っておくことも重要だと考えられます。

死刑に処せられる基準としては、以下に示す永山基準があります。

1:犯行の罪質 2:動機 3:残虐性 4:結果の重大性 5:遺族の被害感情
6:社会的影響 7:犯人の年齢 8:前科 9:犯行後の情状

この中で最も重要なのは7の「犯人の年齢」で、18歳未満であれば、どんなに重い罪を犯しても被告人が死刑になることはありません。また、4の「結果の重大性」とは、殺された被害者の数を意味しており、以前は被告が18-19歳の場合、4人殺さないと死刑にならなかったのですが、光市事件の広島高裁差し戻し審で犯行当時18歳1ヶ月の少年が2人殺しで死刑判決を受けてから、被害者が4人以下であっても死刑になるケースが出るようになりました。
被告人が、20歳以上の成人の場合は、3人以上の殺人であれば死刑は確実で、2人殺しで半分程度の死刑判決がこれまでにいくつも出ています。さらに、1人しか殺さなくても死刑になるケースもあります。したがって、殺された被害者の数だけが、死刑判決の決め手になるわけではありません。むしろ、被告人がいかに身勝手な理由により、どれほど残虐な方法で殺害したかということに大きく依存します(永山基準の1「犯行の罪質」、2「動機」、3「残虐性」が関与)。さらに、永山基準以外に、「犯行の計画性」と「更生可能性」の問題も深く関わっています。

「犯行の計画性」とは、最初から,殺害してでも現金を奪うつもりで被害者のところに向かったか(殺害の計画性あり)、金を奪うつもりで被害者のところに向かい、結果として殺してしまったか(計画性なし)で異なり、計画性ありの場合には死刑となるケースが多いということです。

ここまでは法学部の話ですが、最も心理学的判断が必要となるのは「更生可能性」です。
「更生する」を辞書で引くと、「生き返ること、よみがえること、 精神的、社会的に、また物質的に立ち直ること。好ましくない生活態度が改まること」と記されています。裁判官が「更生可能性が著しく低い」と判断すると死刑になり、「更生可能性がないとまではいえない」となると死刑回避になります。しかしながら、更生可能性の判断基準は犯行内容の残虐さから、推し量っているようにも受け取れることがあります。
実際のところ、この被告は「絶対に更生できない」とまでいいきれる根拠はなんでしょうか。ここはぜひ、精神科医もしくは心理学の研究者に標準化された明確なスケールを作成して欲しいと思います。あるいは、どんな被告人であっても、必ず更生させるプログラムを心理学者が開発すれば、死刑制度は廃止してもいいと考えられます。

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さて、刑事訴訟法では死刑判決を受けてから、半年以内に執行とされてはいますが、実際には再審請求をしている間に執行されることはほとんどありません。
また、死刑囚は刑務所に入って懲役を科されることもなく、拘置所で未決勾留として何十年も過ごすこともあります。

現在、日本には130人程度の未執行の死刑囚がいます。我が国には終身刑はないので、死刑の次に重い刑は無期懲役になりますが、現在、無期懲役は30年以上の服役となり、その数は1800人程度です。
憲法では残虐な刑罰の禁止が謳われていますが、ひと思いに殺されてしまうのと、30年以上も刑務所で懲役を強制されるのとでは被告人にとってはどちらが心理的に圧迫を受ける刑なのでしょうか。

さて、世界的に見ても、EUは死刑制度の廃止が加盟の条件でしたし、アメリカでも2018年にワシントン州が死刑制度を廃止するなど(全米で20州目)、全体としては死刑制度の廃止の方向に動いています。もし、その判決が、のちに誤審とされたとき、無期懲役であれば受刑者を釈放することもできますが、死刑執行後であれば失われた命はとり戻せないということが死刑制度の廃止を呼びかける弁護士会などのよりどころです。

一方、我が国では、家族を殺された遺族感情(永山基準の5)に配慮する傾向が強く、被告人に復讐することができない遺族に代わって、国家が犯罪者を死に至らしめる制度を廃止できないというふうにもとれます。
その結果、世界的に見て、「これほど治安のいい国」でありながら、「これほど死刑制度の廃止に強く反対する国民はいない」というほど、世界的に稀な国になってしまっているというのが、我が国の現状です。

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【心理学部 中山 誠 教授】

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