心理学科コラム

202307.06
心理学科コラム

【心理学部】心神喪失なら5人殺傷でも無罪、少年事件で詐病を装った被告は無期より重い懲役18年 ―2023年上半期の責任能力をめぐる精神鑑定が判決に及ぼした影響―

何人殺したら死刑になるかという見出しで、このコラムに記事を書いたことがある。18歳1か月で母娘二人を殺害した山口県の光市事件の公判中であった2000年頃は、成人が3人殺せば死刑、2人なら半々、ただし一人殺しでも死刑判決はあり得るというのが当時の結論であった。ところが、2017年神戸市で3人を殺害し、2人に重傷を負わせた事件では、精神鑑定を行った医師の意見をもとに、当時の被告が統合失調症で「哲学的ゾンビを殺せば知人女性と結婚できる」との妄想状態にあったとして、一審では心神喪失状態による無罪を言い渡した(二審の大阪高裁も一審判決を支持し、2023年に無罪が確定)。さらに、2015年兵庫県の淡路島で"ひきこもり"の男が、近隣の住人など5人を刺殺した事件および、2015年埼玉県熊谷市で発生した6人を殺害した事件では無期懲役が確定し、死刑の判決基準が大きく揺らいだ。淡路島の場合は誰かに追われているという「妄想」に起因する犯行とされ、熊谷事件では被告が事件時、統合失調症であったという精神鑑定の結果が死刑から無期に転じた大きな理由になっている。刑法第39条によれば、物事の理非・善悪を区別ができないか、区別できてもそれに従って行動する能力がないと罰することができないとされ、心神喪失なら責任能力なしで無罪、心神耗弱なら罪一等を減じる判決が下される。

2019年大阪で発生した交番勤務中の警察官を刃物で刺して、けん銃を奪った殺人未遂事件。一審の裁判員裁判では他の交番勤務員を虚偽の事件発生申告でおびき出したすきの犯行として計画性があると認定され、懲役12年の有罪判決であった。ところが、二審では精神鑑定の結果に基づき、弁護側が統合失調症を主張し、結果として無罪の判決。検察官は、最高裁への上告を断念し、無罪判決が確定した。

標題に示した2つ目は、2010年兵庫県神戸市北区で高校生が殺害された事件で、2021年、発生から11年ぶりに容疑者を逮捕(被告は犯行時17歳の少年のため実名は非公開)。精神鑑定の担当医師との面接の際、統合失調症の特徴である「幻聴や妄想があった」と被告が主張したが、担当医は会話が成立しないという障害が一切ないことや、事件後、治療を受けずに改善したことから、被告の説明には矛盾があり「病気と見せかける詐病」の可能性が非常に高いと指摘した。その結果、第一審では懲役18年が言い渡された。少年事件では無期でも実際は15年程度の刑期になるので、有期刑の18年は無期刑よりも実質的に重くなる。

かつての3人殺せば死刑から、近年では5人殺傷(3人殺し)でも無罪になる事例もあれば、5人殺しでも無期懲役となる判例も見られるようになった。死刑になるかどうかは殺した人数では決まらない。また、一審で有罪であった交番襲撃事件が二審では統合失調症により、責任能力なしで無罪が確定した一方、神戸の事件は大阪と同じ統合失調症を被告が主張したものの、無期懲役よりも重い判決となった。精神鑑定には刑の減軽ばかりではなく、有罪から無罪へひっくり返るような効果もあれば、被告の虚偽の主張を跳ね返すこともある。現代社会で精神鑑定の結果はそれほど重要視されている。

一方で、井出(2014)や岩波(2017)が指摘しているように、1997年兵庫県神戸市の連続児童殺傷事件や、2001年大阪府池田小学校事件の精神鑑定は、精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)から見ると不十分あるいは不適切と言わざるを得ない。一般市民の精神疾患に精通していても、被告人が本当のことを述べているかどうかが保証されない犯罪のシチュエーションでは、被告の責任能力に大きな見落としが生じるのもやむを得ないのかも知れない

引用文献

井出草平(2014):アスペルガー症候群の難題 光文社新書

岩波明(2017):精神鑑定はなぜ間違えるのか 再考 昭和平成の凶悪犯罪 光文社新書

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文責:心理学部 犯罪心理学専攻担当 中山誠

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