心理学科コラム

202310.16
心理学科コラム

【心理学部】青葉被告の真の狙いは?-京都アニメーション放火殺人事件 第一審第9回公判まで-

2019年、京都アニメーション第1スタジオにガソリンを撒いて放火し、36名を死亡させた事件の裁判が9月から始まった。今回は第9回までの公判記録を見ながら、被告人の動機について改めて考察する。

青葉被告は定時制高校を皆勤で卒業し、専門学校に進学したが、中退している。その後は、コンビニ店員などの非正規の職業を転々としている。仕事ぶりは真面目ともいえず、上司から注意されても作業を休んだり、ふてくされたりし、一方で、後輩にはたわいもないことで怒鳴りつけ、複数の者をやめさせたとされている。不安定な仕事のせいで電気やガスが止まるほど生活は困窮し、やがては窃盗・暴行・強盗で2度逮捕されている。刑務所に3年間服役した後、出所して生活保護も受けていたが、ひとり暮らしをしながら、近隣住民としばしばトラブルを起こしている。以上のように、良好な人間関係を築けないことについては、子供のころに受けた父親からのすさまじい虐待に起因する人間不信、強い猜疑心の影響が伺われる。

被告は30代になって、京アニの映画に感動したことをきっかけに、自ら小説を書いて京アニ大賞に応募するが、入選は果たせなかった。もともと、被告は自分の能力を過大評価するタイプのため、渾身の作品が優秀作として選ばれなかったには大いに傷つき、不満を募らせる。そして、被告は自分の能力不足を棚上げにして、恵まれない人生は京アニが認めてくれなかったからだと、他責的にとらえている。応募作が選ばれなかったことを「闇の人物」のせいにするという妄想がはじまり、自分の作品の中にちりばめられた優れたアイデアの一部を京アニに盗まれたと考えるようになる。そのようにすることで、自己肯定感が得られる上、盗作した京アニへの恨みが放火殺人事件を起こす犯行動機として合理的に形成されたと主張するに至ったではないか。従って、被告は京アニの新作を見て自分の小説がパクられたと思ったのではなく、盗作されたという先入観を持って、改めて作品を鑑賞し、自己の作品が盗まれたと決めつけたのではないかと推測される。公判では被告の応募作と彼がパクりを主張する京アニ作品(「Free!」「ツルネ」「けいおん」)の該当シーンが比較されたが、結果的に、被告人の妄想・言いがかり、ないしは思い込みに過ぎないという見方が、大半の裁判員が受けた印象であったようである。

もうひとつ、公判中の供述で気になった点は、被告が京アニ事件を起こす約1か月前に、自宅近くのJR大宮駅に包丁6本を持参し、無差別大量殺傷事件を起こそうとしたことである。この点に関して「騒ぎを起こすことで、京アニがパクるのをやめさせようと思った」と述べている。しかしながら、大宮駅で被告が事件を起こしたところで、京アニ側は自社と関係があるとは思わないであろう。そして、被告は「大宮駅では密集度が少ないので、大した騒ぎにならない」と思い、実行を断念したと述べている。このような経緯からすると、彼の真の動機は結局、大きな騒ぎを起こして、世の中の耳目を自分自身に集中させること、即ち、承認欲求を充足させることではなかったかと考えられる。

このコラムの中では、これまでに発生した無差別大量殺人を企図する事件(大阪北新地でのクリニック放火、小田原線および京王線の車内に油を撒いた火をつけようとした事件)については承認欲求があったと解説してきた。この点は池田小学校事件(宅間守/2001年)、秋葉原事件(加藤智大/2008年)にも通じる要素である。即ち、彼らは自分の失敗や挫折を他人のせいにして(他責的傾向)、長期に渡ってため込んだ自身の欲求不満を、過大視した自分の能力を認めない社会に復讐する形で、一度に多くの人を殺める事件を起こす。今回は大量殺人というよりも、アニメ作品としては、世界的に見ても成功の象徴・あこがれの的になっている京アニをワンパックでこの世から消滅させることにより、自分の存在を際立たせることが目的ではなかったかと考えられる。その背景には、自己愛性パーソナリティ障害と反社会性パーソナリティ障害が感じられる。

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